現代仏教の成り立ち1
ここでは原始仏教というものを取り上げていますが、その仏教は現代までどのように変わっていったのでしょう。
私たちが、仏教、と呼んでいるものは、大乗仏教と呼ばれるものです。
仏教には大きく分けて、部派仏教(小乗仏教)と大乗仏教というものに分かれます。
そもそも、ブッダは「お経」と呼ばれるものを残してはいません。
原始仏典にもそのように書かれていますが、ブッダは悟りを得たあと、そのまま一人で静かな生活をしようとしたと考えられています。
しかし、ブッダの人格をしたって教えを聞く人が出てきました。
そこでブッダは誰に対しても、どんな質問に対しても答えていきます。
そこから自然に「弟子(教えを聞く人という意味)」の集団ができました。
それがやがて教団へと発展していきます。
たぶん、この辺りは事実としてそうなのではないでしょうか。
仏教というのは現在では特定の宗教ですが、このころのブッダの教えは「道の人」つまり、どのような宗教であっても、(当時でいえば、バラモン経でもジャイナ教でもその他の教えを信奉するものでも)安らぎを求めて、人として正しく生きていく者はすべて「道の人」であり、やがて涅槃に達する、という考え方でしたので、とくに宗教教団を意図していなかったのは間違いないのでしょう。
そして、ブッダの入滅ののち、仏弟子たちはブッダの教えを暗誦する為に、簡潔に短い詩句の形でまとめました。
それが、ダンマパダやスッタニパータといった原始経典です。
様々な研究者の成果で、この原始経典は紀元前のアショーカ王の時代以前に成立したと考えられています。
そしてその後も、教団によってさまざまな解釈と説明が加えられ、「経・律・論」といった「三蔵」が完成し、それを守るようになりました。
これが、現在残る仏教教団の元祖になるのだと思います。
ちなみに、「経・律・論」とは
経 ブッダおよびその直弟子の教えを記したもの
律 修行者のための戒律の規定
論 教義に関する論書
です。
スッタニパータやダンマパダは、この「経」の中に含まれています。
しかし、地方の風習などで、同じ戒律を守るのが難しかったり、やはり時間ともに解釈のずれなどが生じてきます。
そこで教団は分裂し、様々な小さな教団が生まれます。これが南アジアなどに今も残る仏教教団です。
しかし、多少の解釈が違うとはいえ、この「三蔵」を基本とし、修行をすることには変わりませんので、この「三蔵」を基本にする仏教教団を部派仏教と呼びます。
部派仏教は小乗仏教とも呼ばれますが、これは後に成立する大乗仏教側から見た呼び方で、部派仏教は、教団に入り、戒律を守り厳しい修行をしなければいけないので、ちょっとの人しか救えない、といった揶揄的な言い方で生まれたものです。
大乗仏教の成立は次回に続きます。
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